JRA非公認・・の個人競馬情報サイトです。

おうまさんを見に行こうか

Topページ  >  競走馬・騎手

競走馬・騎手

競走馬や騎手は、日本の競馬界において、単なるギャンブルの域を超えて、
人々の心を動かす名競走を生み、競馬シーンを盛り上げていくのに、
大きな貢献を果たしてきました。

競馬 JRA ディープインパクト

ディープインパクト

ディープインパクトは競走馬の生産牧場の「ノーザンファーム」にて生まれ、2004年にデビュー。

そのデビュー以来、圧倒的な強さを見せ続け、皐月賞・日本ダービー(東京優駿)・菊花賞をそれぞれ制覇。無敗での三冠達成を成し遂げました。

有馬記念では初黒星となってしまうも、その後も圧倒的な強さをみせ、フランスの凱旋門賞への海外遠征も果たしました。
(ただし、残念ながら失格となり、出場を果たすことはできませんでした。)

帰国後はジャパンカップ等を経て、2006年に引退。
引退レースとなった有馬記念では、数多くのファンが詰めかけ、単勝支持率は史上2番目となる70%を超えたものとなりました。

そのレースもデビュー戦と同じ武豊騎手が乗り、3馬身も離して勝利しました。
その中で武騎手は「生涯最高のレースが出来た」と語り、惜しまれるようにして引退しました。

その後は種牡馬として、新たな生活を送り、その子供たちのデビューが待たれます。

競馬 JRA ディープインパクト

ハルウララ

中央競馬や、世界の舞台で輝かしい活躍を残したディープインパクトに対して、こちらのハルウララは、地方競馬の舞台で連戦連敗であり、一度の勝利も挙げることの出来なかった競走馬です。

連戦連敗と、一度も勝利をあげることもなく、当時の連敗ランキングを塗り替えてでもなお戦い続ける姿勢が、マスコミなどの大きく取り上げられたことで、高知の一地方競馬場で細々とレースをしていた勝ちを挙げられない競走馬は、またたくまに全国へと名が知られるようになりました。

このハルウララブームの加熱振りはすさまじく、ハルウララのぬいぐるみなどのグッズ販売はもちろん、ハルウララが題材の映画が作られ、果ては競馬界の名ジョッキー・武豊が騎乗することになるなど、止まることを知らないブームとなりました。

連敗を続けた地方競走馬のハルウララは、2005年3月にオーナーからの引退が宣言され、2006年には競走馬としての登録が抹消されたことで、競走馬としての活躍に終止符を打ちました。

その後は連敗ランキングも他の馬に次々と塗り替えられ、ハルウララの名は、徐々に人々の脳裏からその加熱したブームとともに、忘れら去られようとしています。

なお、特別に騎乗した武豊によると、実力のある馬よりも人気のあるこの状況は理解が出来ないという趣旨の発言をしているとのこと。

競馬 JRA ディープインパクト

武豊

現在、JRAのトップ騎手であり、
数々の賞や成績を残してし、「天才ジョッキー」とも言われている人気ジョッキーの一人です。

生まれはまさに競馬一家とも言われる家計で、騎手であった父の元で生まれた、まさにサラブレッドとも言うべき人物ともいえるでしょう。

言うまでも無く、その名前は競馬ファンでなくとも知られるところであり、
数々の番組に出演。
競馬の魅力を日々伝え続けています。

pickup


スマホ コーティング 大阪




最終更新日:2019/11/27